人に好かれるには。人に嫌われるには。

人には当然好き嫌いがあります。
それはあらゆるものに対して存在し、それは別に悪いことでもなんでもありません。
むしろ好き嫌いのない人を探すのは、ツチノコを探すより難しいかもしれません。

では、生理的に無理。という場合を除いてどういう人が好まれ、どういう人が嫌われるのか。
今回はこのことについて書いていきます。

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人に好かれるには?

まず第一に、人に好かれたいか嫌われたいかと聞いたときに多くの人は好かれたいと答えるでしょう。
嫌われたいという人は、よほどの信念や考えがあるか、単純にコミニュケーションが苦手、
もしくは嫌いなのでしょう。

別に嫌われることが悪いことではありません
それはそれで考え方の1つとして尊重するに足りるものです。
ただ、その生き方が茨の道であることは想像に難くないと思います。

できることなら、人に好かれ良好な対人関係を築く方が圧倒的に人生が楽になります。

では、好かれる人とはどういう人でしょうか?

人は見た目が9割なんてタイトルの本がありますが、あれは正直その通りだと思います。
まぁ、私はその本を読んでいないので、実際の中身がどういうことが書かれているのか全く知りませんが。

この9割ってのは、こと初対面においては間違いなくその通りでしょう。
というか、初対面に関しては見た目が10割です。
当然、この10割は全てが全て「単純な美醜の話」ではありません。
美醜が5割、服装が2割、立ち居振る舞いや言葉使いが3割といったところですかね。
個人的な主観も入っているので、この数値は人によって、また時と場合によって変動します。

世に言うイケメンや美女なんかは5割が自動的に満たされるわけですから、これはとても有利なことです。
ただし、この美醜には人それぞれ十人十色の「好み」というものが存在しますよね。
だから100%、いかなる状況、相手に対しても5割が自動的に埋まるわけではありません。

更に、人は慣れる生物です。
美女(男)は3日で飽きる、ブスは3日で慣れる。
なんて言うように、必ず慣れてくるものです。
そして、人は外見ではなく内面に目を向けるようになります。
これを「他者の身体的魅力」と小難しい感じで言ったりします。

と、言うことは5割の美醜は何とか最初の数回を乗り切れば、その後それなりに有耶無耶にできるわけです。
なにより整形でもしない限りは(女性の場合メイクで文字通り化けることも可能ですが)持って生まれたものと付き合っていくより他ありませんから、この部分に関しては「そんなもんさ」と明るく開き直ることがベストでしょう。

むしろ社会人として好かれたいのであれば、残りの服装と立ち居振る舞いの5割を磨いていくべきでしょう。
服装に関しても、美醜と同様多少の好みというものが介在してきますから、これで100点ってものは無いのかも知れませんが、少なくとも清潔であることは絶対に必要だと思いますね。

立ち居振る舞い、言葉使いなどは訓練することでそのスキルを磨くことは可能です。
どのタイミングで言葉使いをフランクなものに変え、一気に相手との距離を詰めるかはとにかく場数を踏むことと、合わせて心理学や行動学、脳科学などを知ることでより上手くなれると思います。

心理学的にはこれらに加えて次のような要素も人に好かれるために利用できるものとして有名です。

類似性の法則

人間関係が進み、成熟していくとこの限りではありませんが、付き合いの浅い人に好意を持ってもらうには一番手っ取り早いかもしれません。

読んで字のごとく、共通点や似ていると感じるものがある相手とは仲良くなりやすいというものです。
好かれたいと思う相手の趣味趣向に合わせて、自分もそうなんですと言えば距離を詰めやすくなります。

ただし、全くそれに関する知識がないにも関わらず、下手にこの手を使うと後戻りできない感じになってしまう可能性もあります。

個人的には、もしただ乗っかっただけな事がバレた場合の対処方として、素直に謝り、あなたと少しでも仲良くなりたくて。みたいな事を言えば爆死は回避できるかもしれませんし、もしかしたら逆転の一手になるかもしれません。

まぁ、あんまりオススメしませんが。リスクが高いので。

ランチョン・テクニック

平たく言えば「一緒に食事をする」。
最近、上司との飲み会は元より同僚などとも飲みはもちろん、食事にも行かないという人が増えていると聞きます。

その気持ちはとても良く分かります。
稀有な上司であれば、一言一言が金言であったり、一挙手一投足が勉強になるなんて人もいるかも知れませんが、多くの場合は愚痴や説教、昔の武勇伝の無限ループなどなど。
百害あって一利なしのその場所に、なんで仕事が終わってまでわざわざ貴重な時間を割いて参加しなきゃならんのですか。
非常に合理的ですし、間違ってはいません。

心理学的なランチョン・テクニックは、あくまでも「気持ちの良い体験を脳はよく覚えている」という原理を使ったものですから、これを使う場合「楽しい食事」の必要があります。

ただ、これは心理学的な側面からの意見。
処世術としては、この不合理で楽しくも何ともない食事会も利用の仕方一つで案外利益をもたらす可能性があります。

人は愚痴や説教の中に、普段言いたくても言えない本音を織り交ぜながら話すことがほとんどです。
語気が強くなったり、繰り返しの頻度が多い部分に耳を傾けてみると本音を垣間見ることができます。

また、昔のことをループするのは単純に脳の機能低下もありますが、現状に満足できていなという心理の表れでもあります。

酒が入れば、この部分が普段よりも如実に顔を出してきます。
これらを上手く統合し、その相手が今一体何に対して不満を持っているかを感じ取ることができれば、少なくとも地雷を踏む可能性を減らせますし、最高位としてはその不満に対する対処の一手を打つことすらも可能になります。

変にお世辞や接待をされるよりも、この心のスキマを喪黒的にドーンと埋めてあげる事が出来れば、一気にお気に入りにまでなれるでしょう。
気になる異性の場合は、一気に恋人ぐらいまで距離を詰めることも可能です。

私は完全実力主義を理想としていますから、この手は正直好きではありませんが、これが出来ると1つの大きな武器になることは確実です。

ただし、これは結構難しく、諸刃の剣でもあるので、軽々に使うべきでもありません。
何度か飲み会や食事会でやんわり試してみて、無理そうなら使わない、行動までは起こさない方が賢明でしょう。

熟知性の原則

通勤、通学のバスや電車の中などで、顔は知っているけれど名前は知らない。なんて人がいませんか?
アメリカの心理学者のミルグラムさんは、この人たちを「ファミリア・ストレンジャー」と呼ぶようにしたようです。
平均すると4人のファミリア・ストレンジャーがいるらしいですが、これはアメリカの話ですし、時と場合で結構変わるでしょう。

その数自体はどうあれ、こういう人達に対して人間はそんなに悪い感情を抱かないものです。
当然、その人が自分の中で「え~引くわ。」的な言動を取ったりしていた場合は別ですよ。あくまでも何もそういった事態がない場合です。

なぜ、名前も知らない顔見知りに悪い気がしないのか。
これが熟知性の原則と呼ばれるものです。

先にも書いたように、人間は慣れる生物であり、慣れるということは一種の安心感にもつながります。
見聞きする回数が多くなるほど親近感や安心感を覚え、脳が勝手に仲間意識を持ってしまうということです。

人に好かれたいなら、このファミリア・ストレンジャーも少しは気にした方が良いかもしれません。
世間は思う以上に狭いものだったりしますから、少なくとも変に敵は増やさない方が得策でしょう。

好意の返報性

ストーカーや一部の例外はありますが、往々にして自分に対して好意を持っている人を人は邪険にはしないものです。
他人に好かれたいのなら、まずは自分が相手のことを好きになろう、理解しようと思い行動することがなによりも大事です。
好意の返報性とはこの心の動きを頭良い風に言ってるだけです。

まとめ

さて、いかがでしょう。
他人に好かれて、より良い人間関係を構築するための考え方の一助になれば幸いです。

とにかく大事なことは「相手を理解しようとすること」そこから少しでも「相手に自分を理解してもらえるように動くこと」です。
好かれたい、愛されたいなら、先に自分が相手を好きになれってだけの話。
ATフィールドは役には立ちませんよ。

嫌われたいならここに書いたことの逆をすれば良いだけ。
あっという間に嫌われますよ。

腹を割って話そうじゃないか!(水曜どうでしょう風)

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